(旧)自立生活センター・昭島の日常

東京都昭島市でひっそりと(笑)活動している福祉団体。地域で暮らす障害者の生活サポートや情報提供、移送サービスなどをやっています。

『猫と車イス 思い出の仁木悦子』





K氏へのブログネタとして、読書感想文を書くように勧めた。
人にやらせる手前、自分でも書かなければならんだろうな……と思い、事務所にある本を読んでみた。
趣味は読書と言っても過言ではないので、全く苦にはならないが、感想文を書くのは難しいね(笑)。

事務所にある本は、制度についてや障害者問題の本がほとんどで、しかも古い本ばかりなので、ちょっと選別に苦労する。



「障害者は最低1冊は本が書ける。自分の(障害の)事を書けばいいのだから。」
とは、良く言ったものだ。そう言ったCIL・昭島の代表も、いつかは自伝を書くのかな(笑)?

さて。
そういう前振りをしながら選んだ本は、亡き妻の人生を自身の思い出とともに綴った「猫と車イス」。
歌人・翻訳家であり、脳性麻痺者である夫の後藤安彦氏の著書。
1992年発行の本で著者も既に亡くなっている。





帯に書いてあるのは、こんな内容。

帯表紙側
透明な悲しみと
すべてを包む靱やかな優しさ――
“日本のクリスティー仁木悦子の生涯
解説:鮎川哲也



帯裏表紙側
「生きていくには、歩ける歩けないよりもっと大事なこと
がたくさんあるわ」――仁木悦子はやわらかな感性と鋭い
観察力、そして強い意志の人であった。4歳で脊椎カリエ
ス発病、ベッドと車イスの生活となる。昭和32年『猫は知
っていた』で衝撃的デビュー。発の女流推理作家の誕生は、
戦後日本の新しい時代の到来を告げる社会的事件だった。
女流作家の会や戦争で兄を失った妹の会を主宰、障害者運
動においても活躍した。好奇心にあふれ、限りない優しさ
で周囲を勇気づけたその豊潤な生涯を、最愛の夫が語る。






ミステリ小説は好んで読むが、「仁木悦子」という作家は全く知らなかった。
最も、この方が活躍していたのは僕が生まれる前なので、知らなくても当然かもしれない(笑)。
ちなみに、仁木悦子とは彼女のペンネームであり、デビュー作(厳密には違うけど)「猫は知っていた」の主人公の名前でもある。
自伝や回顧録などのこの手の類の本は、得てして良い事ばかり書いてあり、「思い出も美化」されている事が多いのだが、この本はそんな甘い事は抜きにしている。自分の妻の事だが、だからこそなのか、包み隠さず赤裸々に書かれている。最も、本当に秘密にしたい部分は書かれていないと思うけど……。
 

残された妻の日記。
そこには当然、自分と同じ名字になる前の、自分が知らない最愛の女性、“大井三重子”がそこに居る。
20歳頃に三重子は、ひとりの神学生と出会う。
彼の存在は、その後の三重子の人生に多大な影響を与える。この出会いが、後の童話作家・大井三重子、推理作家・仁木悦子を誕生させるきっかけになったと言っても過言ではないようだ。
彼との会話や過ごした時間によって、三重子の創作欲が大いに刺激される。
ベッドに伏した生活を強いられている三重子にとっては、彼とのひと時はこの上ない幸せだったのだろう。三重子の日記からは彼への想いがひしひしと伝わる。
結果的に結ばれる事がなかった2人ではあるし、過去の日記とはいえ、自分以外の異性との逢瀬をまざまざと見せつけられ嫉妬心すらかき立てられる著者の心情を慮ると、ちょっと切なくなってしまう(笑)。
 

推理小説「猫は知っていた」が完成する。
ある出版社の推理全集の一編として公募されたもので、「猫は~」は見事当選した。
しかし、当選通知をもらって間もなく、その出版社は倒産してしまう。
そのまま埋もれさせなかったのは、推理作家の第一人者・江戸川乱歩だった。
三重子に、乱歩自ら江戸川賞に応募するよう勧め、そしてこの作品は江戸川乱歩賞を受賞する。
三重子は、女流推理作家の先駆けだった。
 

三重子はこの前後に、国立身体障害者センターに入所する。
そして後藤氏も、少し後れてセンターに入所。実は、乱歩賞の受賞者が同じように障害者ということで、年賀状を出した事があったそうで、まさか自分が入所する施設に、かつて気紛れで年賀状を出した有名人が居るとは思いもしなかったようだ。
このような偶然があるにも関わらず、2人の出会いは劇的なものではなく、たった数行でアッサリと語られている(笑)。
 

以降28年間は、三重子の日記をベースに2人の思い出が綴られていく。
三重子の想い人だった神学生とのその後だけでなく、後藤氏と婚約者との三角関係(笑)、三重子との婚姻生活も20年前後経った頃に、若い女性に心奪われる後藤氏(いい歳して何やってんだか)。赤裸々に書かれている中では、2人の性行為についても包み隠さず描写されている。その書き方が、いささか抽象的でポエマーな雰囲気もあるが、まぁ昭和初期生まれの人が書いて20年前に出版された本なので、それはいたしかたなかろう(笑)。
ただ、障害当事者のこういう事は、あまり語られる事がないと思うので(少なくとも、僕が読んできた本には無い)、それだけで貴重だ。

他にも、三重子が著わした作品の事や女流作家たちとの定期的な会合「霧の会」の事。障害者運動や、戦争で兄を亡くした妹たちの集まりである「かがり火の会」の事。タイトルにもある猫の事など、多岐に渡って活動していた三重子の人物像を克明に浮き彫りにしている。
 

体調が思わしくない三重子は、幾度かの入退院を繰り返す。
その日も「(今回の入院は)それほど長くないと思う」との気軽さで病院に行っている。しかし三重子が後藤氏や猫と暮らした家に戻ることはなかった。
三重子の死後、自暴自棄になり荒んだ生活をしていた時期もあった後藤氏だが、かつて三重子が使っていたベッドで向こう側の世界にいる三重子との会話を密かな楽しみとして過ごしている。
そこで交わされる2人の会話は……三重子の語りは後藤氏の妄想なので、ちょっとキモイ(笑)。
三重子の人となりをよく知る者が読めば、「そうそう彼女はそういう事言うよね」などと納得するのかもしれないが、この本の中だけの三重子しか知らないので、やっぱりちょっと引く。
最後のこの会話だけ無ければ良かったのに、とすら思ってしまうほどの妄想会話なのだよ。
 
 

今まで、障害当事者の自伝やその類の本は敢えて避けてきたが、これからは読んでみようと思った。
まずは事務所にある「空飛ぶトラブルメーカー(境屋純子著)」かな?
……これも20年前に出版された本か(笑)。
 
 
 
 

by:は